盡心章句下

七

孟子曰、吾今而後知殺人親之重也、殺人之父、人亦殺其父、殺人之兄、人亦殺其兄、然則非自殺之也、一�闔ｨ。 孟子は言う。 「余は、今となって他人の近親を殺すことの重大さを知った。人の父を殺せば、相手の子が自分の父をまた殺すであろう。人の兄を殺せば、相手の弟が自分の兄をまた殺すであろう。だから自分の近親を自ら殺したわけではなくても、復讐されるからそれと紙一重となるのだ。」

身内への情愛を最も大事にする儒教だから、疎遠な他人に対する倫理がどうしてもおろそかになり易い。孟子の言うことは墨家や仏教の立場から見れば、「何を今さら」という感じであろう。孟子が本章で（おそらくかなり年配になって）他人の近親を殺すことの倫理的危険に気付いたということは、以前は疎遠な他人を殺傷することにさほどの痛痒を感じていなかったということであろう。本当に孟子が殺傷行為を行なったことがあったのかどうかはわからないが、「褐寛博（かつかんぱく。浮浪者のこと）を刺し殺す」（公孫丑章句上、二）といった過激なたとえを平然と行なっているところなどから言って、彼が不殺主義者だったとはとても思えない。おそらく「矯正不可能な不義の者は殺すべきである」と当たり前のように考えていたのだろう（たとえば萬章章句下、四における書経の引用）。だが本章の孟子の慨嘆が発展して儒教倫理の根幹に不殺主義が据えられることは、結局なかった。

（2006.04.03)