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告子章句上






告子曰、食色性也、仁内也、非外也、義外也、非内也、孟子曰、何以謂仁内義外也、曰、彼長而我長之、非有長於我也、猶彼白而我白之、從其白於外也、故謂之外也、曰、異於、白馬之白也、無以異於白人之白也、不識長馬之長也、無以異於長人之長與、且謂長者義乎、長之者義乎、曰、吾弟則愛之、秦人之弟則不愛也、是以我爲悦者也、故謂之内、長楚人之長、亦長吾之長、是以長爲悦者也、故謂之外也、曰、耆秦人之炙、無以異於耆吾炙、夫物則亦有然者也、然則耆炙亦有外與。

*アンダーラインの部分は衍字(えんじ。余計な字)と解釈するか、あるいは「(長ハ白ニ)異ナレリ」と語を補って解釈するかのどちらかである。語を補って訳すこととする。


告子(こくし)が言った、
告子「食欲と色欲は、人間の『性』である。仁は(他者を愛する心であって、結局人間の『性』である欲から派生するものであるから、)人間の内にあって、外にないと言える。しかし義は人間の外にあって、内にないのだ。」
孟子「どういう理由で仁が人間の内にあって、義が人間の外にあると言うのか?」
告子「彼が年を取っていると、私は彼を年長者だと敬う。(年長者を敬う、という義は)私の中に年を取っているという原因がないではないか。それは、彼の肌が白いと私は彼を白いとみなすのと同じで、私が彼を『白い』と判断するのは、外界に従っているのだ。だから、これらは外にあると言うのだ。」
孟子「年を取っていることと、白いこととは違うだろうが。白馬が『白い』ことと、白人が『白い』ことは、確かに異なることはない。しかし、年取った馬を『年寄りだ』とみなすことと、年長者を『年寄りだ』とみなすことが異ならないのか、私にはわからないなあ。考えよ、年を取っている『こと』が義なのだろうか、それとも年を取っていると『みなすこと』が義なのだろうか?」
告子「私は、私の弟を愛する。しかし疎遠な秦人の弟を、私は愛さない。これらは、私の心で喜ばしい関係を取るかどうかが決まるのだ。ゆえに、これは内にあると言うのだ。しかるに私は、疎遠な楚人の年長者でも敬う。もちろん私の親族の年長者も敬う。これらは、相手が年長者かどうかで喜ばしい関係を取るかどうかが決まるのだ。ゆえに、これは外にあるというのだ。」
孟子「しかし疎遠な秦人が焼肉を好むのは、私が焼肉を好むのと異ならない。物事には、このように普遍的な道理というものがある。(焼肉は旨く、年長者は敬うというような普遍的な道理があるのだ。)ならば、『焼肉を好む』という味覚も人間の外にあると言うのか!」

(コメントは省略します)



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