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盡心章句上



三十六




孟子自范之齊、望見齊王之子、喟然歎曰、居移氣、養移體、大哉居乎、夫非盡人之子與、孟子曰、王子宮室車馬衣服多與人同、而王子若彼者、其居使之然也、況居天下之廣居者乎、魯君之宋、呼於垤澤之門、守者曰、此非吾君也、何其聲之似我君也、此無他、居相似也。

孟子が范(はん。山東省)から斉の都に向う際に、斉王の王子を望み見た。孟子は感嘆して、こう言った、
「居る所は人の気を変え、養う飲食は人の体を変えるというが、、、何と居るところの影響は大きいのだろうか!皆、人の子ではないか。王子の住んでいる部屋も、乗っている車馬も、着ている衣服も、そんなに一般人と変わりはしない。なのに王子の気がこれほどまでに気高いのは、その居る地位がそうさせるのだ。王子ですらこうだから、いわんや天下の広居に座る者ならば、どれほどであろうか。かつて魯公が宋に赴いて、垤澤(てつたく)という城門にさしかかって開門を呼ばわったことがあった。そのとき門番はこう言ったという、『このお方はわが君でもないのに、どうしてお声がわが君に似ているのだろうか?』と。これぞ他ならぬ、居る地位が等しかったからそうなったのだよ。」

「天下の広居」という言葉は滕文公章句下、二でも出てきた。そこでは「大丈夫の心が居るべき所」という意味合いで、たとえとして語られていた。本章の言葉も、通常はそれと同様に解釈されている。すなわち、仁義に心を落ち着けた者は広大な気を持つ大人物となるだろう、と孟子が言おうとしたというわけである。だが、その通説どおりの解釈では、どうも前後の具体的な発言とミスマッチな感じもする。ひょっとしたら、もっと具体的な意味として、「天下の王の位に即位した人間の気は、常人をはるかに超越してしまうものだ。それは、天下全体のことを考えて政治を行おうとする心掛けが、人間を変えてしまうのだ」と言いたかっただけなのかもしれない。要は「地位が人間を作る」というやつである。志が大きいからしかるべき地位に昇るのか、それとも地位を与えられたから人間が大きくなるのか。難しい問題である。だが少なくとも、能力を高めていくであろうコースへ参入するための機会の平等を真剣に検討することなくして「勝ち組・負け組は社会の必然」だのとうそぶく意見は、公正さを欠いているであろう。


(2006.03.27)



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