こうして、いけにえの牛に示した「あわれみ」の心を踏み台にして、統治法にまで一気に飛躍させる。その要諦は、「身内への心を家の外までも及ぼす」ことにある。そのためにいにしえの聖王、周の文王(ぶんおう)を称えた古詩を引き合いに出すのである。「文王、妃に家法を示したまい/兄弟にまで掟をおよぼし/かくのごとくして、ようよう家整い、国家を御したまう。(刑于寡妻、至于兄弟、以御于家邦)」
孟子は、これをただのたとえ話だとしない。君主はそうやって仁の心を大きく広げて統治しなければならず、かつそれで統治できると言う。仁義の道は、人間にとって唯一安らかに留まることのできる正しい心の住みかである。そして仁義の道を推し進めていくことで家を統治せよ。家を統治するように国家を統治せよ。国家の統治が成れば、天下平定は手に届くところにある。このように順々にステップを踏んで、統治者の正しい心が天下平定へとつながると主張するのだ。四書の一つ『大学』には、
格物、致知、誠意、正心、修身、齊家、治國、平天下。
外物をよく観察し、その法則を明らかに知り、意識から誤りを除いて誠実となし、心を正しく据え置き、自分を修養し、家を斉(ととの)え、国を治め、天下を平定せよ。
という壮大なスローガンが掲げられている。この辺から科学と道徳と政治理念が一元的に説明される朱熹(朱子、1130-1200)の体系が紡(つむ)ぎ出されるのだが、私は朱子学の研究者ではないので、詳細な説明はできない。
現実はそんなふうにいくわけないだろーが、と批判するのは、まあ当然だろう。
それはそうだとして、思想として注目すべきことは、第一に、個人の修養と国家の統治を同じ原理に求めていることである。第二に、個人と国家の間に家族の段階を入れていることである。
第二の点については、孟子がもっと詳しく論ずる章で検討することにしよう。ここでは、第一の点について考えたい。
上の宣王との問答で、孟子は君主に求められる資質について、現代人が普通考えるような「知識の多さ」とか「仕事ができる能力」にぜんぜん言及せず、ただただ情けの心の大きさだけを取り上げる。当然だ。倫理の基礎を「他人に配慮する心」に求めるので、これが家族のみならず国家全体までも含む人間の集団を結合して動かす原動力となるからだ。孟子はひたすらその原動力について繰り返し述べるのであって、それ以外の人間の知識や技能についてはまるで二の次だと言っているようだ。好意的に読めば、孟子の生きていた戦国時代では知識や技能を売り込む者は当たり前のように王の前に現れたので、孟子はそれらの人材を十分に使いこなし、心から良い仕事をさせる方法を説いていたとも考えられよう。そしてそれは仁義の道であるから、人民を救い、家族を結合させる道でもある、「万能薬」なのだ。
一方、同じく統治者に高い徳性を要求した、古代ギリシャの思想家を見てみよう。
「そうすると」とぼくは言った。「国の守護者の果たすべき仕事は何よりも重要であるだけに、それだけまた、他のさまざまの仕事から最も完全に解放されていなければならないだろうし、また最大限の技術と配慮を必要とするだろう」
「ええ、たしかにそう思います」と彼は言った。
「そしてまた、まさにこの任務に適した自然的素質も必要なのではなかろうか?」
「もちろんです」
こうして最も重要な職責にふさわしい特質として、戦争で敵を倒す気概と味方を識別して愛する知を挙げ、
「こうしてわれわれにとって、国家のすぐれて立派な守護者となるべき者は、その自然本来の素質において、知を愛し、気概があり、敏速で、強い人間であるべきだということになる」
「まったくおっしゃるとおりです」と彼は答えた。
(以上、プラトン『国家』(藤沢令夫訳)より)
ここでプラトン(作品中では彼の師ソクラテスが語る形を取っている)は国の守護者の資格を、共同体を外敵から守る職務に堪えられる資質を持っているかどうか、の点で論ずる。つまり共同体の「経営者」の資質であり、現代の president (国家の長ならば「大統領」と訳され、企業の長ならば「社長」と訳される!)に期待すべきものと同じであろう。
一方孟子の求める君主像は、仁の心を家族に及ぼすように人民にまで及ぼす「人徳の人」の資質である。最近使われなくなったが、「国父」あるいは「国母」の資質だといえよう。プラトン的な統治者の正当性の根拠は彼(彼女)の国家を経営する能力であり、孟子的な統治者のそれは彼(彼女)が人民を慕い人民に慕われる人間的魅力である。
実際歴史上の近代国家といえども、最高権力には往々にして両者が期待されたし、今も実はひそかにされているのかもしれない。ゆえに、19世紀中ばのイギリスの政体についてこのように論じられるのであろう。
No one can approach to an understanding of the English institutions, or of others, which, being the growth of many centuries, exercise a wide sway over mixed populations, unless he divide them into two classes. In such constitutions there are two parts ... first, those which excite and preserve the reverence of the population--the DIGNIFIED parts, if I may so call them; and next, the EFFICIENT parts--those by which it, in
fact, works and rules. There are two great objects which every constitution must attain to be successful, which every old and celebrated one must have wonderfully achieved: every constitution must first GAIN authority, and then USE authority; it must first win the loyalty and confidence of mankind, and then employ that homage
in the work of government.
There are indeed practical men who reject the dignified parts of Government. They say, we want only to attain results, to do business: a constitution is a collection of political means for political ends, and if you admit that any part of a constitution does no business, or that a simpler machine would do equally well what it does, you admit that this part of the constitution, however dignified or awful it may be, is nevertheless in truth useless. And other reasoners, who distrust this bare philosophy, have propounded subtle arguments to prove that these dignified parts of old Governments are cardinal components of the essential apparatus, great pivots of substantial utility; and so they manufactured fallacies which the plainer school have well exposed. But both schools are in error. The dignified parts of Government are those which bring it force--which attract its motive power. The efficient
parts only employ that power. The comely parts of a Government HAVE need, for they are those upon which its vital strength depends. They may not do anything definite that a simpler polity would not do better; but they are the preliminaries, the needful prerequisites of ALL work. They raise the army, though they do not win the battle.
≪訳≫
例えばイギリスなどの、長い時代を通じて多様なその国民の上に統治を及ぼし続けている国家の制度を理解するには、それを二つに分類しないと到底できないだろう。こういった国の政体は二つの部分からなっている。(中略)まず第一に、国民を熱狂させ、崇敬の心を保持させる部分。すなわち、言ってみれば、威厳を持つ(DIGNIFIED)部分である。第二に、国家を実際に動かして統治する部分、すなわち、能率的な(EFFICIENT)部分である。およそ、あらゆる政体がよく働くためには、必ず達成しておかなければならない二つの目標がある。そしてそれは、あらゆる過去の、名を成した政体が見事に達成していたに違いないものなのである。つまり、あらゆる政体はまず権威を獲得し、それから権威を行使しなければならない。言い換えれば、あらゆる政体はまず忠誠と信頼を獲得し、それから政府の仕事にそうやって与えられた名誉を行使しなければならない。
実務的な者の中には、政府のこの威厳を持つ部分はいらないという者もいる。彼らは言う、「結果を出すこと、仕事をすること、これしか要らないのだ。」政体というものは、政治的な目的のための政治的な手段の集合ではないか。もしあなたが、政体のある部分がぜんぜん仕事をしていなかったり、あるいはもっと簡単な仕組みでも同様の仕事ができることを認めるならば、この部分はまるで役立ずだということを認めざるを得ないではないか。それが、どんなに威厳があって畏れ多いものであってもそうだ。
あるいは、こんな身も蓋もない考えには賛同できかねる思想家の中には、繊細な論を主張する者もいる。すなわち、歴史ある政府の威厳を持つ部分は、主要なシステムの上位に立つべき要素であり、実際に働く制度の偉大な留め金というべきものである。だから、さっきの遠慮しない者たちが暴露するように、この部分は過ちも犯したのである。
だか、この両者とも間違っている。政府の威厳を持つ部分は、政府に権力をもたらすのである。それは、政府を動かす原動力を惹きつけることをなす。一方、政府の能率的な部分は、その惹きつけられた力を行使するだけである。政府には麗しい部分が必ず必要だ。なぜならば、それは政府の生き生きとした強さが依存するものだからである。それはもっと簡素な政治制度ではうまくできない何かが決定的にできる、などと言えるものは何一つないかもしれない。だが、それは「初めにありき」のものなのである。全ての仕事の必要な前提なのである。
それは戦場で闘いはしないが、軍隊を集めるものなのである。
(Walter Bagehot, "The English Constitution" より抜粋。赤字は原文で大文字の部分。 ウォルター・バジョット Walter Bagehot (1826 - 1877) は、"The Economist" 紙の第三代編集長。)
当時のイギリスにおいては、この「威厳を持つ」部分とは具体的には王室であり、上院(貴族院)であろう。そして国王を輔弼する役目を負う首相と内閣は「能率的」部分と「威厳を持つ」部分の両者に顔を向ける。
バジョットがかつて編集長を務めた雑誌の言によると、上の区分は、今日のイギリスにおいてさえもしばしば引かれるという(Web版 Economist.com の "About Us" 参照)。実際のイギリスでここまで明快に国の二つの部分が役割分担なされているのかどうかは、私は知らない。バジョット自身ですら、上の本を執筆した同年に実施された1867年のイギリス選挙法大改正で、選挙民の門戸が労働者にまで広がったイギリス政体がどのように推移していくのか判断を留保しているようだ(第二版の序文)。
だが、孟子は「威厳を持つ」部分には熱心に語るが、「能率的な」部分、つまり統治の実務的部分にははっきり語らない。そこが韓非子などの法家に突かれるのである。そして、儒教が絶対正統なイデオロギーとなった後世においては、王安石(北宋、AD1021 - 86)や張居正(明、AD1525 - 82)のような法を政策に適用させようと試みた官僚は、彼らの在世時も後世にも非難される極端に陥ってしまった。なまじ上の「格物、致知、、、」の体系で個人も社会も国家もあるべき道を説明できてしまうので、後世の人々はそれ以外の要素に眼を向ける必要を感じなくなってしまったのかもしれない。
ひるがえってわが国では、(武士階級ですらどれだけ広く深く浸透していたのかちょっと怪しいが)徳川時代にはまがりなりにも朱子学が官学とされていたものの、明治維新と共に捨て去られた。だが丸山真男によると、伊藤博文は憲法制定の際にいわばバジョットのいう政体の「威厳を持つ」部分が日本に欠けていることを認識していたために、その代替物(丸山はキリスト教の代替物という)として絶対主権者で臣民の無限の忠誠を受けるべき父親としての天皇を憲法に明記したという(丸山真男『日本の思想』第二章、同名の中公新書に所収)。こうして、戦前の日本では「能率的な」部分を支えるはずの法で「威厳を持つ」部分を作り出すという離れ業(か?)を成し遂げた。
現代の日本では、「威厳を持つ」部分をどこに求めるべきなのか − 君主なのか、国家の選良なのか、あるいは個々人の魂の中だけにあるべきなのか − がはっきり整理されていないままのようだ。それで、威厳を求めるべからざるものに威厳を求めたり、逆に威厳を持つことを期待されている者に威厳がなかったりして、変なことになっているようにも見える。