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盡心章句下






孟子曰、盡書信、則不如無書、吾於武成、取二三策而已矣、仁人無敵於天下、以至仁伐至不仁、而何其血之流杵也。

孟子は言う。
「書経をぜんぶまる信じにするぐらいならば、書経などない方がましだろう。私は『武成篇』(書経の一章。本物は散逸して伝わらないと言う)の中では二、三行を肯定するだけだ。仁の人は天下に敵なしなのだ。最高の仁の人、武王が不仁の輩、紂王を討った。どうして『血の河で杵(しょ。城壁を作るための「きね」のことか、あるいは盾という説もあるようだ)が流れた』ようなことが起こるだろう。」

★故事成句★
「ことごとく書を信ずれば、則ち書なきに如かず」(本来は上の意味のようだが、「書」を一般の書物とみなす実用的な解釈が普及している。)

「ことごとく書を信ずれば、則ち書なきに如かず」とは極めて有名な格言であり、本章の本来の意味を越えた用法で引用されるのが普通である。

本章で孟子はまるで啓蒙思想のようなことを言う。いにしえの王たちの政令を収録した『書経』は儒教の根本聖典の一つである。キリスト教にとってのイエス・キリストの言葉、イスラム教にとってのムハンマドの啓示と同じように、儒教にとって堯・舜・禹・湯王・文王・武王・周公らの聖人たちが出した政令は、聖なる意義があるはずだ。聖人たちの行なった政治は必ず正しいという確信があるからこそ、孟子もまた「君主たるものが君主の道を究めようと望み、臣下たるものが臣下の道を究めようと望むならば、両者は必ず堯舜の君主・臣下の道に則らなければならない」(離婁章句上、二)と言うのである。そこにこそ、いにしえの聖人たちを崇めてその政治を復古させようとする、儒教の教義が基づいている。

だが、本章で孟子は『書経』所収のテキストに対して選択的に読み取ることを推奨するのである。戦国時代という社会は、少なくとも上流階級の間ではもはや相当に合理的な考えが浸透していたであろう。そのような時代に過去から受け継がれたテキストに対して批評的に読み取る視点を持つのは、しごく当たり前のことであった。もはや孟子は、堯舜以下の聖人の事跡を丸ごと信じるのではなくて、完成された人間としての彼らの行動から抽出された倫理に関心を持っているのである。

だが孟子のように聖典を選択的に読み取る視点を認めることは、宗教として諸刃の剣である。「不合理ゆえに我信ず」という言葉があるように、信心というものは人間の解釈を超越した権威にひれ伏すところから出てくるものなのだ。しかし孟子のスタンスからは、「最も合理的な人間」としていにしえの聖人を捉える以外に、彼らの権威を認める道は開かれない。だから「堯舜や孔子の生き方よりも、もっと合理的な倫理があるのではないか?」といった疑問に対して、儒教は本来きちんと論駁しなければならないはずなのだ。『孟子』全篇を通して、孟子はとにかく「正しいから正しいのだ」という断言調で異端を斥けようとする。彼は思想闘争の渦中に生きた人間だったから、それも致し方ない。しかし「正しいから正しいのだ」という異端排斥の論法は、孟子の持っている合理的な倫理解釈とは本来かみ合わないはずのものだ。だから後の世代の儒家の荀子は、儒教の倫理的体系を人間社会にとって合理的な選択肢としてもっと説得的に説明しようとするのである。荀子になるともはや儒家の主張は宗教とは言い難く、純然たる倫理学となる。


(2006.03.31)



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