大学或問・伝五章の四 ~朱子は存在論によって格物窮理を根拠づける~

投稿者: | 2023年3月26日

『大学或問』伝五章の四~朱子は存在論によって格物窮理を根拠づける~

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『四書集注大全』(明胡廣等奉敕撰、鵜飼信之點、附江村宗□撰、秋田屋平左衞門刊、萬治二年)より作成。
〇各ページの副題は、内容に応じてサイト作成者が追加した。
〇読み下しの句読点は、各問答の中途は読点、末尾は句点で統一した。
〇送り仮名は、原文の訓点から現代日本語に合わせて一部を変更し、かつ新かなづかいに変えた。
《読み下し》
曰、然らば則ち吾子が意、亦得て悉くに之を聞く可しや。
曰、吾之を聞けり、天道流行して、造化發育す、凡そ聲色貌象有りて大地の間に盈(み)ちる者は、皆物なり、旣に是の物有れば、則ち其の是の物爲る所以の者、各當然の則有らずということ莫くして自ら已む容(べ)からず、是れ皆天の賦する所に得て、人の能く爲る所に非ず、今且(しば)らく其の至りて切にして近き者を以て之を言わば、則ち心の物爲る、實に身に主たり(注1)、其の體は則ち有仁義禮智の性、其の用は則ち惻隠羞悪恭敬是非の情有り、渾然として中に在り、感ずるに隨いて應ず、各主(つかさど)る攸(ところ)有りて亂る可からざるなり、次いで身の具わる所に及ぶときは、則ち口鼻耳目四肢の用有り、又次いで身の接わる所に及ぶときは、則ち君臣父子夫婦長幼朋友の常有り、是れ皆必ず當然の則有りて自ら已む容からず、所謂(いわゆる)理なり、外にして人に至りては、則ち人の理は己れに異ならざるなり、遠くして物に至れば、則ち物の理人に異ならざるなり、其の大を極せば、則ち天地の運、古今の變、外にすること能ざるなり、小を盡せば、則ち一塵の微、一息の頃(あいだ)、遺すこと能わざるなり、是れ乃ち上帝の降する所の衷(ちゅう)(注2)、烝民の秉(と)る所の彝(い)(注3)、劉子が所謂天地の中(注4)、夫子の所謂性と天道と(注5)、子思の所謂天命の性(注6)、孟子の所謂仁義の心、程子の所謂天然自有の中(注7)、張子の所謂萬物の一原(注8)、邵子(しょうし)の所謂道の形體(注9)という者なり、但だ其の氣質に淸濁偏正の殊なること有り、物欲に淺深厚薄の異なること有り、是を以て人と物と、賢と愚と、相與(とも)に懸絶して同じこと能わざるのみ、其の理の同を以て、故に一人の心を以て天下萬物の理に於て知ること能わずということ無し、其の稟の異なるを以て、故に其の理に於て或は窮むること能わざる所有り、理未だ窮めざること有り、故に其の知盡さざること有り、知盡さざること有れば、則ち其の心の發する所、必ず義理に純にして、物欲の私を雜ること無きこと能わず、此れ其の意誠あらざること有り、心正しからざること有り、身脩らざること有りて、天下國家得て治まる可からざる所以なり、昔聖人蓋し之を憂うること有り、是を以て其の始敎に於て、之が小學を爲して、之をして誠敬に習わさしむれば、則ち其の放心を收め、其の德性を養う所以の者、己に其の至を用いずという所無し、其の大學に進むに及びては、則ち又之をして夫の事物の中に卽きて、其の知る所の理に因りて、推して之を究めて、以て各其の極に到らしむれば、則ち吾が知識、亦以て周遍精切にして盡さずということ無きことを得(う)、其の力を用いるの方の若きは、則ち或は之を事爲の著に考え、或は之れ念慮の微に察し、或は之を文字の中に求め、或は之を講論の際に索む、身心性情の德、人倫日用の常に於て、以て天地鬼神の變、鳥獸草木の宜に至りて、其の一物の中自(よ)り、以て其の當に然るべき所にして已む容からざると、其の然る所以にして易う可からざる者とを見ること有らずということ莫からしむ、必ず其の表裏精粗、盡くさずという所無くして、而して又益其の類を推して以て之に通ず、一日脱然として貫通するに至れば、則ち天下の物に、皆以て其の義理精微の極むる所を究むること有り、而して吾が聰明睿智も、亦皆以て其の心の本體を極むること有りて盡さずということ無し、此れ愚が本傳闕文を補う所以の意、程子の言を盡くに用うること能わずと雖も、然も其の指趣要歸は、則ち合わざる者鮮し、讀者の其れ亦深く考えて實に之を識らんかな。


(注1)「朱子はあるところで、理は心臓のなかの空所に宿ることをいっている・・朱子は一面において理の非物質的性、非物体性をきわめて論理的に追求し、体系化しながらも、一方では、おそらく当時の医学知識に依拠して、なにかそれを実態的にも考えていたものであるらしい」(島田虔次『朱子学と陽明学』岩波新書より)。荀子天論篇に「心は中虛に居り、以て五官を治む、夫れ是を之れ天君と謂う」とある。心が脳の作用ではなくて心臓の作用であるという考えは、古代中国以来のものであったようである。
(注2)偽古文尚書、湯誥「惟れ皇たる上帝、衷を下民に降す」より。湯誥篇は後世の偽作である。
(注3)詩経大雅、烝民「天烝民を生ず、物有れば則有り、民の彝(のり)を秉(と)るときは、是の懿徳を好す」より。天は人間を生んだ、物それぞれには規則がある、民がただしい規則に従うときは、このうるわしい徳を好むのだ。
(注4)劉子は、劉康公のこと。春秋左氏伝より。劉康公と成粛公が晋公と会して秦を伐ったとき、成粛公が脤(しん。「ひもろぎ」。土地の神の社に奉納する生肉)を受けて不敬であった。劉康公は「吾れ之を聞く、民は天地の中を受けて以て生まる、所謂命なり、是を以て動作禮義威儀の則有りて以て命を定むなり、能くする者は之を養うに福を以てし、能くせざる者は敗の以て禍を取る」と諫めた。
(注5)論語公冶長篇「夫子の文章は、得て聞く可きなり。夫子の性と天道を言うは、得て聞く可からざるなり」より。
(注6)中庸「天の命ずるを之れ性と謂う」より。
(注7)四書大全に引く程子の言に「楊子は一毛を抜いて爲さず、墨子は又項(あたま)を摩りて踵に放(いた)るまで之を爲す、此れ皆是中(ちゅう)を得ず、子莫が中を執るが如き至りて、此の二者の中を執らんと欲す、知らず怎麼(いかん)ぞ執り得ん、識り得るときは則ち事事物物の上に、皆天然に箇(こ)の中有りて那(そ)の上に在り、人の安排を待たず、安排し著わるるは則ち中ならず」とある。程子は孟子の楊朱・墨子・子莫の三者への批判(盡心章句上)を引いて、すべての事物には天然の中(ちゅう)があって人間の手による調整を要しないところがある、調整してあらわれるものは中ではない、と言う(近思録道体篇にあり)。程子の言葉は当時の口語で記録されていて、古典的な漢文ではない。
(注8)四書大全に「正蒙誠明篇に、性は萬物の一原、我が私を得ること有るに非ず」と引く。張子は張載(張横渠)のことで、朱子学の淵源の一人。『正蒙』は横渠の著作。
(注9)四書大全に「性は道の形體、撃攘集の序に見えたり」と引く。邵子は邵康節のことで、北宋代の儒者。長大な年数によって宇宙が盛衰循環する神秘的な歴史哲学を説き、島田虔次氏によれば程子にはあまり相手にされなかったが朱子には相当の影響を及ぼした。『撃攘集』は邵康節の著作。
《要約》

  • 朱子は、以下に自らの存在論を述べて、天下万物には唯一の理が存在しており、その理を窮める格物窮理が八条目の最初に行われるべき理由を述べる:
  • 天道流行して造化発育し、大地の間に満ちるものは「物(言いかえると「形気」)」である。すべての物にはそれをたらしめている当然の則がある。その当然の則が「理」である。理は天が賦するものであって、人の力で変えることはできないものである(注:以上、いわゆる朱子学の理気二元論)。

    【※】以下は、ブログ作成者のノート。こちらで、理は「わかる・わかった」と訳せるのではないか、と仮に書いておいた。もう一方の気も中国語では日常用語に入り込んでいるのであるが、それを日本語にすることは、きわめて困難である。英訳者はmatter=energyと訳し、安田二郎氏は朱子の言葉から(天地の間にすき間なく充満し、凝固すれば物と化する)ガス状空気状の物質であると整理し、土田健次郎先生は「気(狭義の気)」+「質(物質)」=「気(広義の気)」という図式を書いておられる。子孫が霊前で祭祀を行うと、子孫と気を同じくする先祖の魂が応じて喜ぶ。孟子は「志は気の帥なり、気は体の統(充)なり」と言う。ともかく、気とはヒトガカンジルコトスベテ、であろうか。物質からは、当然ながら感覚を得る。死者の魂は見えないが、子孫はナニカヲカンジルと信じる。身体が充実する感覚、衰える感覚、それは確かにカンジルものがある。そういうカンジルスベテを、気の一字で示しているのであろう。中国語独特のタームであって、西洋語には無いし、日本語にも無い。日本語には無いが、気にあてはまる感覚現象に対して日本語は個別にこの一字を使用している。空気、天気、気象、電磁気、気配、気分、気合、殺気、、、すべてカンジルものごとである。

  • 心は、物としては、人体の主である心臓に存在している(注:心臓は心を発生させる器官であるという、中国の伝統的医学観)。(理としては、)その体(本体)は仁義礼智の「性」であり、その用(作用)は惻隠・羞悪・恭敬・是非の「情」である(注:いわゆる朱子学の「性即理」「心は性と情を統べる」論)。人間の身体に備わる口鼻耳目四肢が感ずるところ、人間どうしの関係における君臣・父子・夫婦・長幼・朋友が関わるところ、それぞれにおいて当然の則があり、人の力で変えることができない。つまり、これらの物事すべてには理がある。(注:朱子学は、心が外物に感じて反応する惻隠羞悪恭敬是非の情は、身体が外物に感じて反応する味覚聴覚視覚嗅覚触覚の五感と同一に、人間に備えられている生理的反応であると考える。朱子学の用語で言えば「已発の情」である。惻隠羞悪恭敬是非の情から出て他者と関係する君臣父子夫婦長幼朋友の関係には、これも五感が生じて起こる欲求と同一に、天が与えた当然の則=理が存在すると考える)。
  • 理は、己の中の理は人間関係の理と異ならず、人間関係の理は物の理と異ならない。大は天地の運行から古今の歴史変転、小は微細な存在から一息の間の瞬間まで、すべて同一の理であって例外はない(万物一理)。
  • 一方で万物の気質には清濁偏正の差があり、人間の物欲には浅深厚薄の差がある。(注:いわゆる朱子学の「本然の性」「気質の性」の二分論。本然の性は理と同一で常に善であるが、気質の性は濁り偏る原因となる。以下、四書大全の引用において朱子が張横渠の説を論じて言う。人間以外の物は、その気質が濁にして偏である。人間のうち智は清の清、賢は正の正、愚は清の濁、不肖は正の偏である。物のうち人の性に近いものは濁の清・偏の正である[朱子の言葉を解釈するならば、人間は物よりも本質的に上位の存在であるが、その人間の中にも物欲が多くて物に近い存在があり、物の中にも人間的な善が部分的に存在する。親子君臣夫婦の三綱の倫理を重んじない無知な人間は動物に近く、動物にも人間の徳義を部分的に示す種族がある。たとえばオオカミのように親子が助け合うもの、ハチやアリのように君臣があるもの、カワウソのように獲物を祭る礼を行うもの、一部の鳥類のように夫婦でつがうもの。])
  • このように天下万物の理は同一であり、人の心が(本来は)知ることができないものはない。しかしながら人間各人には気質の稟の差があって、そのままではいまだ理を窮めることができず、いまだ知を致すことができないところがある。理を窮められず知を致すことができないならば、心が義理に純にして私欲をまじえずにいることができないであろう。そうなれば意を誠に心を正にもできず、身を修めることもできず、結果として天下国家を治めることもできないであろう。聖人はこれを憂いて小学大学の教えを立てて、小学において誠敬に習い放心を収め徳性を養わせ、大学においては事物に即し理によって推し進め、智識の極限に至らせようとしたのである。そうして大学において、万物の背後には感じるこことはできないが一理が貫いていることを発見させようとしたのである。(注:いわゆる朱子学の「万物一理」「理一分殊」。個物それぞれは一見するだけではばらばらであるが、それぞれの置かれたポジション(分)に応じて、他者と感応する関係が一義的に決定する。その決定には統一的な法則=理があり、物も人間も均しくその同一の理が背後に貫かれている。その法則を理解する努力が格物窮理である。)
  • 格物窮理するために力を用いるところとしては、はっきりと表れている物事や行為について考える、微小なことに念慮を巡らして推理する、書物を読んで理解に努める、議論をして正解を求める、などを行うのである(理は必ず物どうしの関係の中にあらわれるので、事件、書物、他人との交流といった事例を積み重ねた中から窮理していかなければいけない。ただ心の中で考えるだけでは物どうしの関係に触れることがないので、窮理することは不可能である)。
  • こうしてますます類推して通じていけば、その果てに脱然貫通して、天下の物の義理精微を究め、わが心の本体もまた極められるであろう。以上が私(朱子)の格物致知補伝の根拠である。程子の言葉をことごとく使うことはなかったが、その趣意は程子にほぼ合致しているはずである。

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