中庸或問跋・第一章前段三 ~楊氏の王安石説批判・程門四氏の説について~

投稿者: | 2023年4月15日

『中庸或問』跋・第一章前段三~楊氏の王安石説批判・程門四氏の説について~

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『四書集注大全』(明胡廣等奉敕撰、鵜飼信之點、附江村宗□撰、秋田屋平左衞門刊、萬治二年)より作成。
〇各ページの副題は、内容に応じてサイト作成者が追加した。
〇読み下しの句読点は、各問答の中途は読点、末尾は句点で統一した。
〇送り仮名は、原文から現代日本語に合わせて一部を変更し、かつ新かなづかいに変えた。
《読み下し》
曰、楊氏が論ずる所の王氏が失(注1)(注2)如何。
曰、王氏が言、固(まこと)に病(やまい)多しと爲す、然れども此に云う所の天我をして是を有せしむと、猶お上帝衷を降す(注3)と曰うがごとしと云爾(しかい)う、豈に眞に以て或は之を使(せ)しむる者有りと爲さんや、其れ天に在りては命と爲し、人に在りては性と爲すと曰うときは、則ち程子も亦云う、而(しこう)して楊氏又自ら之を言う、蓋し理に悖る者無し、今乃ち指して王氏が失と爲す、惟だ浴を同して裸裎(らてい)を譏るに似たるのみにあらず、亦意に於て平ならざること有りて、反して至公の累と爲るに近し、且つ性に率うの道を以て、性命の理に順うと爲す、文意亦相似ず、游氏以て天に遁れ情に倍(そむ)くを性に非ずと爲るが若きは、則ち又楊氏が人欲は性に非ざるの云に若かず。
曰、然らば則ち呂游楊候(注4)四子の説孰れか優(まさ)れる。
曰、此れ後學の敢て言う所に非ず、但だ程子の言を以て之を論ずれば、則ち呂に於て其の深潜縝密(しんみつ)(注5)を稱し、游に於て其の頴悟(えいご)(注6)溫厚を稱す、謂わく楊は游に及ばずと、而も亦毎(ことごと)に其の頴悟を稱す、謂わく候生が言(こと)、但だ壁を隔て聽く可しと、今且つ其の言を熟復し其の意を究覈(きゅうかく)(注7)して、而して此の語を以て之を證すれば、則ち高下淺深亦見つ可し、此を過ぎて以往は、則ち後學の敢て言う所に非ずと。


(注1)四書大全に引く楊亀山(楊時)の王氏批判の言:「臨川王氏が云、天我をして是を有せしめて、命と謂う。命の我に在る之を性と謂う。是れ未だ性命の理を知らず。其れ我を使(せ)しむと曰うは、正に所謂然ら使(し)むるなり。然ら使むる者、以て命と爲す可しや。命我に在るを以て性と爲れば、則ち命自ら一物、中庸に天の命之を性と謂うと言うが若き、性は卽ち天命なり。又豈に二物ならんや。天に在りては命と爲し、人に在りては性と爲すと云うが如き、此の語病無きに似たり、然も亦須らく此の如く説くべからず。性命は初より二理無し。第(ただ)由る所の者異なるのみ。性に率う之を道と謂う。易に所謂聖人の易を作る、將に以て性命の理に順わんとすというが如き是なり。」引用される語は、周易説卦伝にある。
(注2)臨川王氏は、王安石のこと。いわゆる新法党の領袖で、北宋神宗皇帝の信任を得て宰相に就き、強権をもって新法を実行した。司馬光らの旧法党は新法を批判して、両党は長期間にわたる政争となった。新法の内容は各種にわたるが、政策の意図は国家運営を合理化して西夏・遼と構える軍事力を増強するところにあった。政治家の活動のみならず、詩人・文章家としても高名である。
(注3)偽古文尚書、湯誥より。大学或問・伝五章の四注を参照。
(注4)侯はここで朱子がその説について言及していないが、侯仲良(号は師聖)のことであろう。程子のいとこに当たり、程子の門下で周程の学に傾倒した。靖康の変を受けて南宋に流浪した先で胡安国と奇遇し、道学を南方に伝える役割の一角を担った。
(注5)縝密は、こまかで綿密な様。
(注6)頴悟は、才知すぐれてかしこい様。
(注7)究覈は、しらべてきわめること。
《要約》

  • 王安石の中庸解釈の言葉には、じつに病が多い。しかし「天我をして是を有せしむ」の言葉に関しては、楊氏も王氏と同様のことを言っていて理に反するものではない。楊氏が王氏を批判することは「浴を同して裸裎を譏る(同じく入浴しておきながら相手の裸をそしる)」のたぐいに似たものであるとともに、言葉の意図が平明でないのでかえって後世に害を累するものであろう。
  • 呂・游・楊・候四氏の説のいずれが勝っているかと問われて、朱子は「それは、後学があえて言うべきものではない。しかし程子の言葉に従って論ずるならば、呂氏は深潜縝密が称えられ、游氏は頴悟温厚が称えられ、楊氏は游氏に及ばないとは言うものの、ことごとにその才知が称えられた。候氏の言は、ただ壁を隔てて聴くべしと。いま程子の言葉を反復してよくその意図を考究すれば、四者の説の高下深浅はわかることであろう。四者以降の人々の説については、もはや後学があえて言うべきものではない」と答えた。

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