中庸或問跋・第一章後段結 ~楊氏の説の不純~

投稿者: | 2023年5月1日

『中庸或問』跋・第一章後段結~楊氏の説の不純~

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『四書集注大全』(明胡廣等奉敕撰、鵜飼信之點、附江村宗□撰、秋田屋平左衞門刊、萬治二年)より作成。
〇各ページの副題は、内容に応じてサイト作成者が追加した。
〇読み下しの句読点は、各問答の中途は読点、末尾は句点で統一した。
〇送り仮名は、原文から現代日本語に合わせて一部を変更し、かつ新かなづかいに変えた。
《読み下し》
楊氏の所謂未だ發せざるの時、心を以て之を驗すれば、則ち中の義自ら見(あら)わる、執りて失うこと勿れ、人欲の私無かれば、則ち必ず節に中る、又曰く、須らく未だ發せざるの際に於て、能く所謂中を體すべし、其の之を驗(こころ)み之を體し之を執ると曰うは、則ち亦呂氏が失なり、其の其の慟其の喜、中固(まこと)に自若(注1)と曰うは、疑うは程子の云う所の和を言えば則ち中其の中に在るという者と相似たり、然して細(こまか)に之を推せば、則ち程子の意正に謂わく喜怒哀樂已發の處、未發の理發見して、此の一事一物の中に在りて、各偏倚過不及の差無きことを見得す、乃ち時中の中にして、渾然して中に在るの中に非ず、楊氏が中固に自若と云いて、又莊周が怒り出れども怒らざるの言を引きて以て之明すが若きは(注2)、則ち是れ以爲(おもえ)らく聖人方に喜怒哀樂の時に當りて、其の心漠然として木石に同じ、而して姑(しばら)く外此の如くの形を示す、凡そ云爲(うんい)する所、皆復た中心(注3)の誠に出でず、大抵楊氏が言、多く佛老に雜わる、故に其の失類(おおむね)此の如し、其の當に其の中否を論ずべし、當に其の有無を論ずべからずと曰うは、則ち至論なり(注4)


(注1)自若は、安定して動かない様。
(注2)莊子庚桑楚篇「之を敬すれども喜びず、之を侮れども怒らざる者は、唯だ天地に同する者を然りと爲す。怒り出れども怒らざれば則ち怒(いかり)怒らざるに出づ。爲るに出れども爲ること無かれば、則ち爲すこと爲ること無きに出づ。」
(注3)ここでの中心は現代日本語の意味ではなくて、心のこと。
(注4)四書大全に引かれる龜山楊氏の説、「但だ喜怒哀樂未發の際に於て、心を以て之を驗むれば、則ち中の義自ら見わる。精一に非ずんば焉んぞ能く之を執らん。」「又曰く、執りて失う勿く、人欲の私無かれば、發して必ず節に中る。發して節に中る、中固に未だ嘗て亡びず。孔子の慟、孟子の喜、其の慟す可く喜ぶ可きに因るのみ。孔孟に於て何か有らんや。其の慟、其の喜、中固に自若たり。鑑(かがみ)の物に於ける、物に因りて形を異にす。而して鑑の明未だ嘗て異ならず。莊生が所謂怒り出れども怒らざれども則ち怒り怒らざるに出づ、爲るに出れども爲ること無かれば則ち爲ること爲ること無きに出づ、亦此の意なり。」若し聖人喜怒哀樂無かれば、則ち天下の達道廢す。一人天下に横行し、武王亦必ずしも恥じず。故に是の四の者に於て、當に其の節に中り節に中らざるを論ずべし。當に其の有無を論ずべからず。」「又曰く、須らく是れ喜怒哀樂未發の際に於て、能く所謂中を體し、喜怒哀樂已發の後に於て、能く所謂和を得べし。中和を致すときは、則ち天地位す可く、萬物育す可し。」
《要約》

  • 楊氏(楊亀山)の未発已発の説にも、呂氏と同じ過失が見える。「其の慟其の喜、中固(まこと)に自若」という言葉は一見すると程子の中和の説と似ているように見えるが、細かく見ると異なる。程子は時中の中、すなわち已発の喜怒哀楽の情が偏倚なく過不及なく中(あた)ることを確認するものであるが、楊氏の(未発の段階において)渾然として中(ちゅう)にあるものではない。楊氏が自若と言って荘子の言葉を引用するところは、聖人の心は喜怒哀楽にあたって内は木石のように漠然として外は情の形を示す、というがごときであって、仏教・老荘の要素が混じっている。楊氏の「當に其の中否を論ずべし、當に其の有無を論ずべからず」の言葉に関しては、至論である。

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