細字は、『礼記』大学篇に朱子が付け加えた書き下ろし文を示す。 小さな茶字は、朱子が書き下ろした注解を示す。 |
《読み下し》 其の傳(でん)十章、則ち曾子(そうし)の意にして門人之を記せしならん。舊本(きゅうほん)は頗(すこぶ)る錯簡(さくかん)有り。今は程子(ていし)の定むる所に因(よ)り、而(しこう)して經文(けいぶん)を更(あらた)め考えて、別に序次(じょじ)を爲(な)すこと左の如(ごと)し。 凡(およ)そ千五百四十六字。凡そ傳の文は、經傳を雜引(ざついん)し、統紀(とうき)無きが若(ごと)し。然(しか)れども文理接續(せつぞく)し、血脈貫通して、深淺(しんせん)始終、至って精密と爲す。熟讀(じゅくどく)詳味(しょうみ)すれば、久しくして當(まさ)に之を見るべし。今は盡(ことごと)くは釋(と)かざるなり。 《用語解説・本文》 其の傳十章、則ち曾子の意にして門人之を記せしならん朱子は『大学或問』で、この前に書かれている「蓋し孔子の言にして、曾子之を述べしならん」と合わせて、どうして「経」が孔子の言葉で「伝」が曾子の意図を門人が書き記したといえるのか、という問いに対して、以下のように答えている。すなわち、「正經は辭約(つづまや)かにして理備わり、言近うして指遠し、聖人に非ずば及ぶこと能わざるなり、然れども其の他の左驗無きを以て、且つ意の其れ或は古昔先民の言に出るかと、故に之を疑いて敢て質さず、傳文に至りて、或は曾子の言を引きて、而(しこう)して又多く中庸孟子なる者と合うときは、則ち知る其の曾氏の門人の手に成りて、而して子思以て孟子に授くること疑い無し」(大意:「経」は簡潔な言葉でありながら理が備わっていて、言葉は身近でありながらその目指す視野は遠い。聖人でなければ、このようなことを言うことはできない。しかしながら、その証拠はない。もしかしたら、昔の人々の古言に由来するのかもしれないと考える。なので私は、二程子の主張に疑いがないわけではないが、あえてこれに詮索はしない。だが「伝」については、その中で曾子の言葉が引用されており、また多くの点が『中庸』『孟子』と一致している。よって私は「伝」が曾子の門人の手によって作られて、子思に渡されて、さらに孟子に授けられたことを疑わない。)すなわち朱子は「経」が孔子の遺書であるという二程子の主張に対して証拠を出すことができず、ばくぜんとした信頼以上のことを添えることができない。「伝」に対しては曾子の言葉が引用されていて(伝六章のこと)、なおかつ内容が『中庸』『孟子』と一致している点が多いことを曾子の門人の作であると断言できる証拠だ、と言うのである。しかしながら、これだけで「伝」が曾子の門人の作であると断言することはできるはずがない。結局、朱子は二程子の「大学は孔子の遺書」という見立てを擁護する立場であるので、「伝」の成立時期を子思・孟子より前の時代に置いているのである。『大学』が孔子の遺書ではない後世の作である、というわが国の伊藤仁斎の批判(大学は孔氏の遺書に非ざるの弁)を参照。 舊本『礼記』大学篇のこと。朱子は二程子の説を承けて『礼記』大学篇の順序を入れ替え補筆し、章句を著した。 |
《現代語訳》 続く伝(でん)は十章であり、曾子(そうし)の意図を門人が書き記したものと思われる。しかし旧本(礼記大学篇)は、錯簡(さくかん。文の並べまちがい)がはなはだしく見られる。今、程子の比定にしたがってもとの経文を再考し、別の順序を立てることにした。それが、これ以降の文である。 全部で千五百四十六字である。そもそも伝の文章は、さまざまな経伝(けいでん。書物)を雑多に引用していて、一見するとまるで秩序がないかのように見える。しかしながら、文章の意味には実はつながりがあるのであり、その趣意は一貫しており、最初から最後まで深いところも浅いところもありながらきわめて精密に書かれているのである。これを熟読して詳しく味わえば、時間を経た果てにこのことがわかるはずだ。だが今ここでそのことについて、すべてを書き記すことはしない。 |
《原文》 其傳十章、則曾子之意而門人記之也。舊本頗有錯簡。今因程子所定、而更考經文、別爲序次如左。 凡千五百四十六字。凡傳文、雜引經傳、若無統紀。然文理接續、血脈貫通、深淺始終、至爲精密。熟讀詳味、久當見之。今不盡釋也。 |
上の文は、経(5)末尾から続けて朱子によって書き下ろされているのであるが、意味を取ってあえてこのページに切り離した。タイトルを「伝・序」と付けているが、これは筆者の名付けであって章句に由来するものではない。
上の言葉にあるとおり、朱子は章句を著すに当たって、程子の説を受け継いで原テキストである礼記大学篇の順番を並べ替えた。以下は、章句の順番に沿って読んでいくことにする。礼記大学篇と章句との相違は、下表のとおりである。
礼記の順序 | 章句の順序 | 章句の解釈 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 経 | – | |
1続 | 伝五章(の残簡) | 格物・致知 | 「此を本を知ると謂う、此を知の至と謂うなり」の一文について、前半を衍文、後半を伝五章の残簡とみなす。朱子の筆で伝五章の補伝が置かれる。 |
2 | 伝六章 | 誠意 | |
3 | 伝三章の後半 | 止至善 | |
4 | 伝首章 | 明明徳 | |
5 | 伝二章 | 新民 | |
6 | 伝三章の前半 | 止至善 | |
7 | 伝四章 | 本末 | |
8 | 伝七章 | 正心 | |
9 | 伝八章 | 脩身・斉家 | |
10 | 伝九章 | 斉家・治国 | |
11 | 伝十章 | 治国・平天下 |