中庸或問跋・第一章前段一 ~性・道・教とは・性道教を知れば仏老の誤りを知ることになる~

投稿者: | 2023年4月13日

『中庸或問』跋・第一章前段一~性・道・教とは・性道教を知れば仏老の誤りを知ることになる~

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『四書集注大全』(明胡廣等奉敕撰、鵜飼信之點、附江村宗□撰、秋田屋平左衞門刊、萬治二年)より作成。
〇各ページの副題は、内容に応じてサイト作成者が追加した。
〇読み下しの句読点は、各問答の中途は読点、末尾は句点で統一した。
〇送り仮名は、原文から現代日本語に合わせて一部を変更し、かつ新かなづかいに変えた。
《読み下し》
或(あるひと)問う、天の命之を性と謂う、性に率(したが)う之を道と謂う、道を修むる之を敎と謂うは何ぞや。
曰、此れ先ず性道敎の名づくる所以を明にして、以て其の本皆天に出て實に我に外ならざることを見(あらわ)す、天の命之を性と謂うは、言うは天の人に命ずる所以の者は、是れ則ち人の性と爲る所以なり、蓋し天の萬物に賦與して自ら已(や)むこと能わざる所以の者は命なり、吾が是の命を得て以て生じて全體に非ずということ莫き者は性なり、故に命を以て之を言えば、則ち元亨利貞(げんこうりてい)(注1)と曰う、而(しこう)して四時五行(注2)庶類萬化是に由りて出でずということ莫し、性を以て之を言えば、則ち仁義禮智(注3)と曰う、而して四端五典(注4)萬物萬事の理、其の間に統べずということ無し、蓋し天に在り人に在るは、性命の分有りと雖も、而も理は則ち未だ嘗て一ならずんばあらじ、人に在り物に在るは、氣稟の異有りと雖も、而も其の理は則ち未だ嘗て同じからずんばあらじ、此れ吾が性純粋至善なる所以にて、荀楊韓子が云う所の若きには非ず(注5)、性に率う之を道と謂うとは、言うは其の天に得て以て生ずる所の者に循えば、則ち事事物物自然にあらずということ莫し、各當に行うべきの路有り、是れ則ち所謂道なり、蓋し天命の性は、仁義禮智のみ、其の仁の性に循えば、則ち父子の親自(よ)り、以て民を仁し物を愛するに至りて皆道なり、其の義の性に循えば、則ち君臣の分自り、以て長を敬し賢を尊ぶに至りて亦道なり、其の禮の性に循えば、則ち恭敬辭讓の節文皆道なり、其の智の性に循えば、則ち是非邪正の分別、亦道なり、蓋し所謂性は、一理の具わらずということ無し、故に所謂道は、外に求むることを待たずして備わらざる所無し、所謂性は、一物の得ずということ無し、故に所謂道は、人爲を假らずして周ねからずという所無し、鳥獸草木の生、僅に形氣の偏を得て、以て全體を通貫すること有ること能わずと雖も、然も其の知覺運動榮悴(えいすい)(注6)開落亦皆其の性に循いて各自然の理有り、虎狼の父子、蜂蟻の君臣、豺獺(さいだつ)の本に報い、雎鳩(しょきゅう)の別有る(注7)に至りては、則ち其の形氣の偏なる所、亦以て其の義理の得る所を存すること有り、尤も以て天命の本然、初より間隔無きことを見つ可し、而して所謂道は、亦未だ嘗て是に在らずんばらす、是れ豈に人爲を待つこと有らんや而(しか)も亦豈に人の得て爲する所ならんや、道を修むる之を敎と謂うとは、言うは聖人是の道に因りて之を品節して、以て法を立て訓を天下に垂る、是れ則ち所謂敎なり、蓋し天命の性、性に率うの道は皆理の自然にして、人物の同く得る所の者なり、人其の形氣の正を得と雖も、然も其の淸濁厚薄の稟、亦異らざること能わざる者有り、是を以て賢知なる者は或は之を過に失われ、愚不肖なる者は或は及ぶこと能わず、而して此に得る者、亦或は彼に失う無きこと能わず、是を以て私意人欲或は其の間に生じて、而して所謂性という者に於て、昏蔽錯雜する所有りて、而して以て其の受くる所の正を全うすること無きことを免れず、性全からざること有れば、則ち所謂道という者に於て因りて亦乖戾(かいれい)舛逆(せんぎゃく)(注8)する所有りて、以て行く所の宜に適うこと無し、惟だ聖人の心は淸明純粹(注9)、天理渾然として虧闕(きけつ)(注10)する所無し、故に能く其の道の在る所に因りて、之が品節防範を爲して、以て敎を天下に立て、夫の過不及なる者をして以て中を取ること有らしむ、蓋し以て其の親疏の殺(さい)(注11)を辨(わけ)て、之をして各其の情を盡さしむること有るときは、則仁の敎爲ること立つ、以て其の貴賤の等を別て、之をして各其の分を盡さしむること有るときは、則ち義の敎爲ること行わる、之が制度文爲を爲して、之をして以て守りて失わざること有らしむるときは、則ち禮の敎爲ること得たり、之が開導禁止を爲して、之をして以て別て差わざること有らしむるときは、則ち知の敎爲ること明けし、夫れ是の如し、是を以て人に知愚無く事に大小無く、皆持循據守する所有りて、以て其の人欲の私を去りて天理の正に復(かえ)ることを得、推して天下の物に至りては、則ち亦其の欲する所に順い、其の惡む所に違い、其の材質の宜に因りて以て其の用を致し其の取用の節を制して以て其の生を遂ぐ、皆政事の施有り、此れ則ち聖人天地の道を財成して其の彌縫輔賛の功を致す所以、然も亦未だ始より人の天に受くる所の者を外にして强いて之を爲(せ)ず(注12)、子思(しし)(注13)是の三言を以て篇首に著す、姑く以て夫の三の者の名義を釋すと曰うと雖も、然も學者能く其の指す所に因りて身に反して以て之を驗(こころ)みば、則ち其の知る所豈に獨り名義の間のみならんや、蓋し天命の説を得ること有れば、則ち天の我に與うる所以の者、一理の備わらずということ無くして、而(しこう)して釋氏の所謂(いわゆる)空(くう)という者は性に非ざることを知る、以て性に率うの説を得ること有れば、則ち我が天に得る所の者、一物の該(か)ねずということ無くして、而して老氏の所謂無という者は道に非ざることを知る、以て道を修むるの説を得ること有れば、則ち聖人の我に敎うる所以の者、其の固(もと)より有る所に因るに非ずということ莫きことを知りて、而して其の本(もと)無き所を去(す)て、其の至りて難き所を背(す)て、其の甚だ易き所に從う(注14)、而して凡そ世儒の訓詁詞章、管商(注15)が權謀功利、老佛が淸淨寂滅と、夫の百家衆技の支離偏曲と、皆敎と爲る所以に非ず、是に由りて以て往き、其の固より有る所の昧(くら)ます可からざる者に因りて、益(ますます)其の學問思辨の功を致し、其の甚だ易き所の已(や)む能わざる者に因りて、益其の持守推行の力を致すときは、則ち夫の天命の性、性に率うの道、豈に日用の間に昭然たらざらんや、而して道を修むるの敎、又將に我に由りて而して後立たんとす。


(注1)元亨利貞は、周易(易経)六十四卦最初の乾卦の言である。「元(おお)いに享(とお)りて貞(ただ)しきに利(よろ)し」と読まれる。天を統べ天を御し、万物の終始を明らかにし、おのおのの性命を正しくし、大和を保合する大いなる徳であると説かれる。
(注2)四時は、春夏秋冬。五行は、木火土金水。陰陽五行説では、万物は五行の組み合わせと変化によって生成変転すると説かれる。朱子学においては、周敦頤が『太極図説』において陰陽五行説に基づく世界観を説明した。
(注3)仁義礼(禮)智は、孟子公孫丑章句上で説かれる人間の四大徳目。朱子学では、これを人間に与えられている善なる性とみなす。
(注4)四端は、惻隠・羞悪・辞讓(または恭敬)・是非の心。朱子学では、これは仁義礼智の性から発する四つの情であるとみなす。五典は、五つの倫理。義慈友恭孝など。
(注5)荀子・揚雄・韓愈のこと。荀子は性悪説(人間の性は動物的本能である)、揚雄は性善悪混合説、韓愈は性三品説(人間の性を上・中・下の三品に分ける)。
(注6)榮悴は、さかんになることと、しおれること。
(注7)四書大全に、以上に朱子が言う動物が保有している人間に近い性についての典拠が挙げられる。荘子天運篇に「虎狼は仁なり。父子相親しむ」とある。化書に「蜂に君有るは禮なり。螻蟻の君有るなり」とある。礼記月令篇に「季秋の月、豺乃ち獸を祭り禽を戮す。孟春の月、魚氷に上る。獺魚を祭る」とある。詩伝に「雎鳩は水鳥、今江淮の間に之有り。生定偶有りて相亂れず」とある。それぞれの古典が言うに、虎と狼は父子が親しむ仁がある(オオカミは高度な社会性がある。トラは我が子を守るために命をかけて戦う、というのが中国文化の常識である)。蜂(ハチ)と螻蟻(ケラとアリ)には君主があって礼がある(周知のとおり、ハチとアリには階層社会がある。ケラは違う)。豺(ヤマイヌ)は秋に獲物を並べ、獺(カワウソ)は春に魚を並べる。これらは収穫物を天地に感謝して祭る習性である(中国では、古来このように理解されてきた。それが人間の祭礼と同一に論じるべきなのかはわからない)。雎鳩(ミサゴ)は夫婦でつがい、雌雄が乱れない(鳥類によく見られる習性。ただし年が変わると相手を変えることが通常のようである)。
(注8)乖戾舛逆は、はなれてもとり、そむいてさからうこと。
(注9)四書大全の注に、「精明は氣を以て言う。純粹は質を以て言う」とある。土田健二郎氏は、「気(狭義の気)」+「質(物質)」=「気(広義の気)」と整理し、「狭義の気」はエネルギー、「質」は物質、「広義の気」はエネルギーであり同時に物質である、と言う。朱子は時に「質は気」であると言い、時に「質」と「気」を対置させる。ただし、「おそらく近代以前、中国で気の定義が試みられたことは無かったのではなかろうか。気という概念はそれが何かを説明するようなものではなく、既に自明なものとして提示され、関心はその気がいかに働くかに持たれている。」(以上、土田『江戸の朱子学』、筑摩書房より)
(注10)虧闕は、かけること、欠損すること。
(注11)四書大全の注に、「所戒の反」とある。読みはサイで、けずる・へらすこと。
(注12)儒教思想では、このように経済秩序は政治が施す法度によって私欲を規制制御することによって作られるという観念がある。自由主義思想では、各経済主体が私欲を求めて活動する結果として需要供給の競争が適正な価格と生産量を導くという”Invisible hand”が経済秩序の根本原因と観念される。現実の経済では両者は経済政策において併用されるのであるが、前者は政府の経済政策は効果的であるという信頼の上にあり、後者は政府の経済政策は自由な競争の成果を歪める逆効果が大きいという根本的懐疑の上にある。
(注13)孔伋(こうきゅう)のこと。子思は字。孔子の孫で、孟子は子思の門人に学んだ。中庸章句に引かれた程子の言では、「此の篇は孔門伝授の心法、子思其の久しうして差わんことを恐る、故に之を書に筆して以て孟子に授く」とあり、章句序においては中庸の道統は堯舜から下って孔子に伝わり子思がこれを祖述したものである、と説かれている。子思が『中庸』の作者であるという伝承は司馬遷の史記にもあり、『大学』の作者と違い文献的根拠はある。漢書芸文志に子思二十三篇、とあり、子思の一門の書として『子思子』があったが散逸した。『中庸』は『子思子』から他篇とともに礼記に収録されたという記録がある。
(注14)四書大全に引く新安陳氏の言に、「本(もと)無き所とは私欲を謂う、至りて難き所とは異端の空寂を謂う、甚だ易き所とは吾が道の敎を謂う」とある。
(注15)管商とは、管仲と商鞅。管仲は春秋時代の斉の宰相で、斉の桓公を支えて覇者とした功績が後世まで名高い。孟子・荀子ら儒家は覇道を賎しみ王道を尊ぶために、権謀の代表者である管仲を批判する。商鞅は戦国時代の秦の宰相で、商鞅の法と呼ばれる統治体制を導入して秦を戦国最強国に引き上げる功績があった。儒家は、商鞅らの法家を功利の術として批判する。
《要約》

  • 「天の命之を性と謂う、性に率(したが)う之を道と謂う、道を修むる之を教と謂う」(中庸章句、第一章)とは何か。問われて朱子は、「この言葉は、性・道・教の名の由来について語り、三者の本(本質)がすべて天に由来して人の外に由来するのではないことを説いているのである」と答える。続いて、三者について以下のように解説する:
  • 「天の命之を性と謂う」、これは、天が人に命ずることが人にとってその性となる理由を言っている。そもそも天が万物に賦与して永久に自己運動させるもの、その要因が命である。人がその天の命を受けて生まれ、その全体すべて命にあらざるなきもの、それが性である。命から言えば、それは万物が生成して永久に運動することである。性から言えば、それは人の心が持つ仁義礼智であり、そこから生ずる善なる感情・他者との倫理・万物を理解する理性力、これらがすべて人に備えられているのである。人は個人によって気稟の異があるとはいうものの、その理は天から与えられた同一の性である。人の性は純粋至善であり、荀子・揚雄・韓愈の説はあやまりである。
  • 「性に率う之を道と謂う」、これは、天に得て生ずるものにしたがえば、事事物物自然にあらざることはない、ということである。それぞれの命にしたがって行うべき路、それが道である。人間にとっての天命は性であり、性は仁義礼智である。仁の性にしたがって行えば、父子は親(しん。したしむ)・民には仁・物には愛に至るのが道である。同様に、義の性(君臣長幼)・礼の性(恭敬辞譲の節)・智の性(是非邪正の分別)にしたがって行うのが道である。性は、外に求めて得る必要なく完備している。ゆえに道は、人為を借らずとも偏在している。鳥獣草木は(人間の形気が正であるのに比べると、)形気が偏なる存在である。それでもそれらの生育変転には規則があらわれ、そこに(天が自然に与えた)理が存在している。獣や鳥でも、虎狼がわが子を守ったり、蜂蟻には女王と臣下がいたり、カワウソが収穫物のための感謝の祭礼を行ったり、鳥が夫婦でつがい乱倫をしなかったりと、本能において人間の性に類似する義理が見えるであろう。これにより、天の命ずるものが(この世界に)隙間なく偏在していることがわかるのである。
  • 「道を修むる之を教と謂う」、これは、聖人はこの道に因ってこれを品節(等級に分ける)し、法を立てて教訓を天下に垂れることを言っている。上に述べたことより、天命の性にしたがうのは理の自然であり、人間も非人間も同じことである。ただ人は正なる形気を受けている存在なのであるが、その気稟の清濁厚薄が同一でなく異なっている。そのため賢知な気稟を受けた人は、行き過ぎる過失に陥るおそれがある。愚不肖な気稟を受けた人は、及ばない過失に陥るおそれがある。行き過ぎ・及ばない過失から私意人欲が侵入し、混乱して、性を全うすることに失敗することが起こる。性が全うできなければ、道から外れることになる。そこで清明純粋な心を持つことに成功した聖人が、道のあるところに規範を立て、仁義礼智に沿った教えを天下に立てて、過不及に陥った者に中を取らせるようにしたのである。こうして聖人の教えに従えば人は知愚なく事には大小なく、万人が遵守すべきところを遵守して、人欲の私を去って天理の正に復(かえ)ることとなり(人への教)、天下の万物に対しては人が好むところ・にくむところに従い、材質のもつ利便性を発揮させ、しかも使用を適度に規制して継続せしめる政治を行うのである(物への教)。聖人は天地の道に従って財を成し、天から受けたものを外にして強いて法度教訓を立てることをしないのである。
  • 子思は以上の三語をもって篇首に置いたのであるが、この三語を理解することは、さらに後の時代にも意義を及ぼすものである。天命の説を理解するならば、天が我に与えたものにはただ一つの理、そのすべてが備わっているのである。こうして仏教のいう「空(くう)」は人の性ではないことを知る。性に率(したが)うの説を理解するならば、我が天に得るところの一理は天地の万物と共有されている、共通の道である。こうして老荘のいう「無」は道ではないことを知る。道を修むるの説を理解するならば、聖人の我に教える教えはすべて天地に実在するところから取っていることを知るのである。こうして道から外れた私意人欲から去り、天地の実在に根拠を持たない仏老の説から離れ、従うことがたやすい聖人の教えに従うのである。古典解釈や詩文に耽る俗儒の説、管仲・商鞅の覇道法刑、仏老の清浄寂滅、その他百家の支離滅裂な説、いずれも教えとはなりえず、聖人の教えを取ることがますます学問思弁の功を致すことになるだろう。それをますます推し進めたならば、天命の性・性に率う道が日用においてあきらかとならずにはいられない。

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