大学章句:伝九章(後)

投稿者: | 2017年7月22日
大きな太字は、『礼記』大学篇の原文を示す。
細字は、『礼記』大学篇に朱子が付け加えた書き下ろし文を示す。
小さな茶字は、朱子が書き下ろした注解を示す。
《読み下し》
詩に云(い)う、桃の夭夭(ようよう)たる、其(そ)の葉蓁蓁(しんしん)たり。之(こ)の子于(ここ)に歸(とつ)ぐ、其の家人(かじん)に宜(よろ)しからん、と。其の家人に宜しくして、而(しか)る后(のち)に以て國人(こくじん)に敎(おし)う可(べ)し。
夭は、平聲(へいせい)。蓁の音は、臻(しん)。
詩は、周南(しゅうなん)桃夭(とうよう)の篇。夭夭は、少好(しょうこう)の貌(さま)。蓁蓁は、美盛の貌。興(きょう)なり。之子(しし)は、猶(な)お是の子と言うがごとし。此は女子の嫁(か)する者を指して言うなり。婦人は嫁を謂いて歸(き)と曰(い)う。宜は、猶お善のごときなり。

詩に云う、兄(けい)に宜しく弟(てい)に宜し、と。兄に宜しく弟に宜しくして、而る后に以て國人に敎う可し。
詩は、小雅(しょうが)蓼蕭(りょうしょう)篇。
詩に云う、其の儀忒(たが)わず、是(こ)の四國(しこく)を正す、と。其の父・子・兄・弟たること法(のっと)るに足りて、而る后に民之(これ)に法るなり。
詩は、曹風(そうふう)鳲鳩(しきゅう)篇。忒は、差(たが)うなり。
此を國(くに)を治むるは其の家を齊(ととの)うるに在りと謂う。
此(ここ)に三たび詩を引くは、皆以て上文の事を詠歎(えいたん)して、又之を結ぶこと此(かく)の如し。其の味深長、宜しく潛玩(せんがん)すべし。

右は傳(でん)の九章。家を齊えて國を治むるを釋(と)く。


《用語解説・本文》
詩に云う、桃の夭夭たる、、朱子の注にあるとおり、以下は『詩経』周南、桃夭篇にある句。周南は国風(こくふう)部の最初にあるシリーズで、周王国直轄領の南方地方の歌謡を集めたという。
詩に云う、兄に宜しく弟に宜し同じく、『詩経』小雅、蓼蕭篇にある句。伝三章(前)の用語解説を参照。
詩に云う、其の儀忒わず、、同じく、『詩経』曹風、鳲鳩篇にある句。曹風もまた国風部の一で、春秋時代の諸侯国のひとつである衛国の歌謡を集めたシリーズ。
《現代語訳》
詩には、「わかわかしき桃の木よ、その葉が麗しく繁る。この娘は、いま嫁いでいく。きっと家の人にとってよい嫁となるだろう」とある。家の人とよい関係を築いてから、その後に国の人々を教化するべきである。
「夭」は平聲(へいせい)。「蓁」の音は、臻(しん)である。
詩は、周南桃夭の篇である。「夭夭」は、わかわかしい様子である。「蓁蓁」は、美しさがさかんな様子である。前半の句は、興(きょう。伝三章(後)の用語解説を参照)である。「之子」は、「この子」の意味である。これは、嫁いでいく女子を表した句である。婦人が嫁ぐことを、「歸」という。「宜」は、よいという意味である。

詩には、「兄としてもよろしく、弟としてもよろしい」とある。兄としても弟としても立派な関係を築いてから、その後に国の人々を教化するべきである。
詩は、小雅蓼蕭の篇である。
詩には、「(君子の)威厳ある行いは正道から外れず、四方の国を正すのだ」とある。父であり子であり兄であり弟である行いが十分に模範的であってから、その後に民衆が模範とするのである。
詩は、曹風鳲鳩の篇である。「忒」は、違背することである。
これを、「自分の国をよく治めることは、自分の家庭をよくすることにある」というのである。
ここに三度詩を引用したのは、すべて上にある文(本章(前))のことを詠嘆して、結びとしたのである。その味わいは、深くて長い。ぜひじっくりと玩味するべきである。

以上は、伝の九章である。自分の家庭をよくして、自分の国をよく治めることを説く。

《原文》
詩云、桃之夭夭、其葉蓁蓁。之子于歸、宜其家人。宜其家人、而后可以敎國人。
夭、平聲。蓁音、臻。
詩、周南桃夭之篇。夭夭、少好貌。蓁蓁、美盛貌。興也。之子、猶言是子。此指女子之嫁者而言也。婦人謂嫁曰歸。宜、猶善也。

詩云、宜兄宜弟。宜兄宜弟、而后可以敎國人。
詩、小雅蓼蕭篇。
詩云、其儀不忒、正是四國。其爲父・子・兄・弟足法、而后民法之也。
詩、曹風鳲鳩篇。忒、差也。
此謂治國在齊其家。
此三引詩、皆以詠歎上文之事、而又結之如此。其味深長、最宜潛玩。

右傳之九章。釋齊家治國。

伝九章の後半は、おなじみの『詩経』から三句を引用して、家を斉えることが国を治める基礎となるべきことを説いて終わる。

ちなみに、近年の2015年に戦国時代の竹簡が大陸中国で新たに発見されて、2017年現在安徽大学に保蔵されている。その内容の詳細な解読と発表は、まだこれから行われるところである。だがその出土文献の概要としてすでに判明しているところの中では、『詩経』のテキストの一部が含まれているということである。その中でも上の「桃夭」が含まれる周南篇は完全に揃っているのということである。この発見は、現在のところ『詩経』最古のテキストである。

これまでにもいくつか出土した先秦時代の出土文献は、現在伝わっているテキストと比べると文字や文章の一部の相違が少なからず見られた。その結果、従来は解釈困難であった句の意味が古い時代のテキストの姿によって判明したり、また従来の解釈は古い時代のテキストに従えば別の意味を持っていたことが判明するケースが、近年見られるようになった。今回出土した『詩経』最古のテキストにおいても、文字の相違があるということである。今後の解読結果次第では、上の「桃夭」ほかの詩の解釈を変えなければならない可能性も考えられる。

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