栄辱篇第四(1)

By | 2015年7月12日
おごり高ぶることは、人のわざわいである。恭しく己に厳しいことは、五兵器(注1)すら斥ける。戈(か。ほこの一種で、横に突き出た剣先が付く)や矛(ほこ)には突き刺す鋭さがあるが、恭しく己に厳しくある者の力を越えることはできないのである。ゆえに、善言を人に与える者は、着物を与えるよりも相手の心を暖かくするのであって、逆に人を傷つける言葉を言う者は、矛や戟(げき。ほこの一種で、まさかり状の横刃が付く)で刺すよりも深く相手の心を傷つけるのである。この広い天下において、ほんのわずかの土地も踏み立つことが許されない窮地にあるならば、それは足元の土地が平坦でないからなのではない。つま先立ちしても踏み立つことができないほどに追い込まれる者は、すべてその使う言葉が原因なのである。広い大道を通るときには、ぶつからないようにあえて他人に譲りなさい。狭い小道を通るときには、危険がないか注意して進みなさい。このようにしていれば、たとえ自分では恭しく己に厳しくあろうと心がけていなくても、ひとりでにできてしまうことであろう。

快いが、やがて自分を亡ぼすことになるもの。それは、怒りである。明察にやり遂げるが、やがて己を傷つけることになるもの。それは、憎しみである。豊富な知識を援用するが、やがて己を窮地に陥れるもの。それは、誹謗中傷である。清廉になろうとして、やがて己をますます汚すもの。それは口のわざわいである。人間関係を豊かにしようとして、やがて己の心身をますますやせ細らせるもの。それは、悪しき交際である。弁舌巧みであるが、他人を喜ばせないもの。それは、論争である。独立して立ちながら、少しも世に知られない原因となるもの。それは、他人に勝とうとする心である。廉直でありながら、少しも他人に貴ばれない原因となるもの。それは、他人をやり込めようとする攻撃心である。勇気がありながら、他人に敬遠される原因となるもの。それは、貪欲心である。誠信でありながら、少しも他人に尊敬されない原因となるもの。それは、独断専行を好む傾向である。以上のようなことは、しょせん小人の努力するところであり、ゆえに無益なことだ。君たち(注2)は、このようなことをしてはならない。

争いは、自分自身を忘れさせ、肉親を忘れさせ、主君を忘れさせるものである。わずか一時の怒りを行うことが生涯を台無しにするというのに、しかもこれを行うのは、そのときひとえに自分自身を忘れているからである。一家はあっという間に崩壊し、親戚にまで罰が及び処刑のおそれまであるにも関わらず、しかもこれを行うのは、そのときひとえに肉親を忘れているからである。主君はこれを嫌い、法規が厳しく禁じていることであるにも関わらず、しかもこれを行うのは、そのときひとえに主君を忘れているからである。自分自身を忘れ、肉親を忘れ、主君を忘れる行為は、法規がこれを赦免することはなく、聖王がこの者を生かして養うこともない。豚の仔は虎に近づかず、犬の仔は親から遠くに離れて遊ばない。それは、豚や犬の仔でもその親を忘れないからである。なのに人間でありながら自分自身を忘れ、肉親を忘れ、主君を忘れる行為を行うならば、その者は犬や豚にも劣ると言わなければならない。およそ争う者は、必ず自分を是として他人を非とする。だが本当に己が是で他人が非であるならば、己はすなわち君子であって他人はすなわち小人であるということになるだろう。君子が小人と相争って傷つけ合い、自分自身を忘れ、肉親を忘れ、主君を忘れる行為を行うというのであるか。ならば、これほどの過ちはないであろう。この者は、たとえるならば狐父(こほ)(注3)の戈(か)で牛の糞をかき集めるようなものだ。これで智者といえるだろうか?否、これほどの愚劣はあるまい。これで利益ある行為といえるだろうか?否、これほど害のある行為はあるまい。これで栄誉が得られるといえるだろうか?否、これほどの恥辱はあるまい。これで安泰が得られるだろうか?否、これほど危険な行為はあるまい。いったい人に争いがあるのは、どうしてであろうか。これを、狂気と錯乱の病気の人間が行う行為とみなすべきでろあろうか。だがそうではない。聖王が争う者を誅罰する法を定めるのは、正気の一般人でも争うことがあるゆえの禁令である。ではこれを鳥や鼠のような禽獣(ケダモノ)に属する人非人の行為とみなすべきであろうか。だがそうではない。姿形は全く人間であり、好悪(こうお)も人間の性情と変わらない人間が争うのであり、争いはまさしく人間の行為とみなさなければならない。いったい人に争いがあるのは、どうしてであろうか。私は、争いを非常に醜い行為と考える者である。


(注1)原文「五兵」。五種類の武器のことで、何を五兵に数えるかは各説ある。剣、刀、矛(ほこ)、鉞(まさかり)、矢など。
(注2)原文「君子」。前三篇の方針に従って、栄辱篇でも「君子」は基本的に「君たち」と訳す。勧学篇(1)のコメントを参照いただきたい。
(注3)狐父(こほ)は、現在の江蘇省の地名。古代、名剣の産地であったと記録にある。
《原文・読み下し》
憍泄(きょうせつ) なる者は人の殃(わざわい)なり。恭儉なる者は五兵を偋(しりぞ)く。戈矛(かぼう)の刺有りと雖も、恭儉の利に如かざるなり。故に人に善言を與(あた)うるは(注4)、布帛より煖(あたた)かし。人を傷つくるの言は,矛戟(ぼうげき)より深し。故に薄薄の地も、之を履(ふ)むことを得ざるは、地安からずに非ざるなり。危足して履む所無き者は、凡(すべ)て言に在るなり。巨涂(きょと)には則ち讓(ゆず)り、小涂(しょうと)には則ち殆(あやぶ)む(注5)、謹まざらんと欲すと雖も、云(ここ)に使(せし)めざるが若し。
快快にして亡ぼす者は怒なり、察察にして殘(そこな)う者は忮(し)なり、博にして窮する者は訾(し)なり、之を清くして俞(いよいよ)濁す者は口なり、之を豢(やしの)うて俞(いよいよ)瘠(や)する者は交なり、辯にして說(よろこ)ばれざる(注6)者は爭なり、直立して知ら見(れ)ざる者は勝なり、廉にして貴ば見(れ)ざる者は劌(けい)なり、勇にして憚ら見(れ)ざる者は貪(たん)なり、信にして敬せ見(ら)れざる者は剸行(せんこう)を好めばなり。此れ小人の務むる所にして、君子の爲さざる所なり。
鬭者(たたかいは)其の身を忘るる者なり、其の親を忘るる者なり、其の君を忘るる者なり。其の少頃(しばらく)の怒を行いて、終身の軀を喪う、然も且つ之を爲すは、是れ其の身を忘るるなり。家室立ちどころに殘(そこな)われ、親戚刑戮(けいりく)に免れず、然も且つ之を爲すは、是れ其の親を忘るるなり。君上の惡(にく)む所なり、刑法の大禁とする所なり、然も且つ之を爲すは、是れ其の君を忘るるなり。憂(しも)に(注7)其の身を忘れ、內に其の親を忘れ、上(かみ)に其の君を忘るれば、是れ刑法の舍(お)かざる所なり、聖王の畜(やしな)わざる所なり。乳彘(にゅうてい)は虎に觸れず、乳狗(にゅうこう)は遠遊せざるは、其の親を忘れざるなり。人や、憂(しも)に(注7)其の身を忘れ、內に其の親を忘れ、上(かみ)に其の君を忘るれば、則ち是れ人にして而(しか)も曾(すなわち)狗彘(こうてい)にも之れ若かざるなり。凡そ鬭(たたか)う者は必ず自ら以て是(ぜ)と爲して、人を以て非と爲すなり。己誠に是なり、人誠に非ならば、則ち是れ己は君子にして人は小人なるなり。君子を以て小人と相賊害し、憂(しも)に(注7)以て其の身を忘れ、內に以て其の親を忘れ、上(かみ)に以て其の君を忘るれば、豈(あ)に過つこと甚しからざらんや。是の人や、所謂(いわゆる)狐父(こほ)の戈を以て牛矢(ぎゅうし)を钃(しょく)するなり。將(は)た以て智と爲さんか、則ち愚焉(これ)より大なるは莫し。將た以て利と爲さんか、則ち害焉より大なるは莫し。將た以て榮と爲さんか、則ち辱焉より大なるは莫し。將た以て安と爲さんか、則ち危焉より大なるは莫し。人の鬭有るは何ぞや。我之を狂惑・疾病に屬せんと欲するか、則ち不可なり、聖王又之を誅す。我之を鳥鼠(ちょうそ)・禽獸に屬せんと欲するか、則ち又不可なり、其の形體又人にして、好惡(こうお)多く同じ。人の鬭有るは何ぞや、我甚だ之を醜とす。


(注4)原文「故與人善言」。新釈は、「故に人と與(とも)に言を善(よ)くするは」と読み下している。
(注5)ここの「讓」字と「殆」字の解釈が、説者で一定しない。(1)王念孫説。「殆」を「待」と読む。大道ならば他人と並んで行くことができるが他人に道を譲り、小道は一人しか歩けないので他人が通り過ぎるのを待つ、という風に解する。(2)兪樾説。「譲」を擾攘の「攘」と読む。擾攘は、さわぎみだれること。したがって大道は多くの人が通る道なので雑踏して止まず、小道は人がまれにしか通らない道なので殆(あやう)くて安全でない、という風に解する。金谷治氏は、兪樾説を取る。漢文大系及び新釈は、「譲」字は王念孫説に、「殆」は兪樾説に沿って解釈している。漢文大系及び新釈の解釈に従うことにしたい。
(注6)楊注或説は「説」を読んで「悦」となす、と言う。集解の兪樾は「弁じて人説を解せず」と言う。楊注或説に従えば「よろこばれざる」と読み下し、兪樾説に従えば「さとられざる」と読み見下すべきであろう。どちらでも通ずると思うが、楊注或説に従いたい。
(注7)楊注或説は、「憂」は「下」となすべし、と言う。つまり「下」が誤って「夏」となり、「夏」が転誤して「憂」字となったという解説である。これに従う。なお新釈の藤井専英氏は、「憂」を「擾」の意に取って「みだれて」と読み下している。

栄辱篇は引き続き君子の心得を説いた弁論を集めたものであるが、後半は荀子の性悪説を絡めた論議が置かれている。どうして荀子は『論語』に展開されているような君子論に性悪説を加えなければならなかったのか、という疑問は、『荀子』を読む者が誰でも抱く疑問であろう。『論語』の文言をどう読んでも、性悪説には繋がりそうにない。むしろ『孟子』のように性善説をもって解説したほうが、『論語』の精神にはよりすっきりと当てはまるであろう。荀子は、なぜ『論語』には表れない性悪説を唱える必要があったのか。荀子は、人間が国家秩序を作るために必要な原理として「礼義」を想定した。そしてその国家秩序の中における「君子」とは、人間の本能的な「性」を乗り越えて「偽(い)」としての礼義を身につけた支配階級である、と考えた。荀子の性悪説を理解するためには、性悪篇に加えて富国篇の社会契約論・礼義必要論・身分秩序必要論を併せて読み、また正論篇で展開される宋鈃(そうけい)の人間寡欲説への批判もまた併せて読まなければならない。荀子は、『論語』では体系化されていない国家の統治システムを詳細にモデル化した。性悪説は、その考察に当たって採用された理論であった。

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