大学章句:伝十章(二)

投稿者: | 2017年7月28日
大きな太字は、『礼記』大学篇の原文を示す。
小さな茶字は、朱子が書き下ろした注解を示す。
《読み下し》
詩に云(い)う、樂(たの)しめる君子は、民の父母、と。民の好む所は之を好み、民の惡(にく)む所は之を惡む。此(これ)を之れ民の父母と謂(い)う。
樂の音は、洛(らく)。只の音は、紙(し)。好・惡は並びに去聲(きょせい)、下並びに同じ。
詩は、小雅(しょうが)南山有臺(なんざんゆうたい)の篇。只は、語助の辭(じ)。言うは、能(よ)く絜矩(けっく)して、民の心を以て己の心と爲(な)せば、則ち是れ民を愛すること子の如くにして、民も之を愛すること父母の如し、と。

詩に云う、節(せつ)たる彼(か)の南山(なんざん)は、維(こ)れ石巖巖(がんがん)たり。赫赫(かくかく)たる師尹(しいん)は、民具(とも)に爾(なんじ)を瞻(み)る、と。國(くに)を有(たも)つ者は、以て愼(つつし)まざる可(べ)からず。辟(かたよ)れば則ち天下の僇(りく)と爲る。
節は、讀(よ)んで截(せつ)と爲す。辟は、讀んで僻(へき)と爲す。僇は、戮(りく)と同じ。
詩は、小雅の節南山(せつなんざん)の篇。節は、截然(せつぜん)として高大なる貌(さま)。師尹は、周の太師(たいし)の尹(いん)氏なり。具は、俱(とも)なり。辟は、偏るなり。言うは、上に在る者は、人の瞻仰(せんぎょう)する所なれば、謹まざる可からず。若(も)し絜矩する能わずして、好惡(こうお)一己(いっき)の偏に殉(したが)えば、則ち身は弒(しい)せられ國は亡ぼされて、天下の大戮(たいりく)と爲す、と。

詩に云う、殷の未(いま)だ師を喪わざりしや、克(よ)く上帝(じょうてい)に配せり。儀(よろ)しく殷に監(み)るべし、峻命(しゅんめい)は易(やす)からず、と。衆を得るれば則ち國を得、衆を失えば則ち國を失うを道(い)う。
喪(そう)は、去聲。儀は、詩には宜(ぎ)に作る。峻は、詩には駿(しゅん)に作る。易(い)は、去聲。
詩は、文王の篇。師は、衆なり。配は、對(こた)うるなり。上帝に配すとは、其の天下の君と爲りて上帝に對うるを言うなり。監は、視るなり。峻は、大なり。易からずとは、保ち難きを言うなり。道は、言うなり。詩を引きて此を言い、以て上文の兩節の(りょうせつ)意を結ぶ。天下を有つ者は、能く此の心を存して失わざれば、則ち絜矩して民と欲を同じくする所以(ゆえん)のもの、自(おのずか)ら已(や)む能わず。

是(こ)の故(ゆえ)に君子は先(ま)ず德を愼む。德有れば此(ここ)に人有り。人有れば此に土(ど)有り。土有れば此に財有り。財有れば此に用有り。
先ず德を愼むとは、上文の謹まざる可からずを承けて言う。德は、卽(すなわ)ち所謂(いわゆる)明德なり。人有りとは、衆を得るを謂う。土有りとは、國を得るを謂う。國有れば、則ち財用無きを患(うれ)えず。
德は本(もと)なり、財は末(すえ)なり。
上文に本(もと)づきて言う。
本を外にし末を內にすれば、民を爭(あらそ)わしめて奪(だつ)を施(し)く。
人君、德を以て外と爲し、財を以て內と爲せば,則ち是れ其の民を爭鬪(そうとう)せしめて、之に施すに劫奪(きょうだつ)の敎(おしえ)を以てするなり。蓋(けだ)し財は、人の同じく欲する所、絜矩する能わずして之を專(もっぱら)にせんと欲すれば、則ち民も亦(また)起って爭奪(そうだつ)す。
是の故に財聚(あつ)まれば、則ち民散(さん)ず。財散ずれば、則ち民聚まる。
本を外にし末を內にす、故に財聚まる。民を爭わしめて奪を施く、故に民散ず。是(これ)に反すれば、則ち德有りて人有り。
是の故に言悖(もと)りて出(い)ずる者は、亦悖りて入る。貨悖りて入る者は、亦(また)悖りて出ず。
悖は、布內(ふない)の反。
悖は、逆(さかしま)なり。此は言の出入を以て、貨の出入を明(あきら)かにするなり。先ず德を愼むより以下此(ここ)に至るまでは、又財貨に因(よ)りて以て絜矩を能くすると能くせざる者の得失を明かにするなり。


《用語解説・本文》
詩に云う、樂しめる君子は、、朱子の注にあるとおり、以下は『詩経』小雅、南山有臺篇にある句。伝三章(前)の用語解説を参照。
詩に云う、節たる彼の南山は、、同じく、『詩経』小雅、節南山篇にある句。原詩は、太師の尹氏が三公という君主を補佐する最高位にありながらその勤めを怠っていることを誹(そし)る内容である。ただ『大学』においては、高位にある者は人々から常に注目されているのだという意味の句だけを引用している。
天下の僇と爲る「僇」は「戮」と同じ。荀子王覇篇に「身死し國亡び、天下の大戮(たいりく)と爲り」とあり、楊注は「天下の大戮辱となる」と言う。よって、戮は恥辱のこと。
詩に云う、殷の未だ師を喪わざりしや、、同じく、『詩経』大雅、文王篇にある句。伝二章の用語解説を参照。
上帝古代中華世界において信仰されていた、天を主宰する神。地上の君主は上帝から命令を受けて統治する代理人として認識されていた。これが天命の原義であり、君主が天命に背けばその位を失うという革命思想に結び付けられた。
德有れば此に人有り。人有れば此に土有り「人」について朱子は「衆」のことと解している。だが新釈が荻生徂徠らの説として指摘するように、古代の文脈においては「人」は賢者・能者のことを指していると考えたほうがより真意に近いと思われる。孟子や荀子もまた、君主はふさわしい賢者・能者を登用することが国を保つ筋道であると唱えるところである。下の訳は、両説併記しておいた。
民を爭(あらそ)わしめて奪(だつ)を施(し)くこの句を朱子は、上が苛斂誅求して財を独占すれば、民衆も上にならって争奪しあうようになる、と解釈している。だが、『孟子』や『荀子』には、上の苛斂誅求に下がならって争奪を始めるという論は見ることができない。「(国が)民と争って、(民から)財を奪い取る」という意味であれば孟子・荀子の趣意と完全に一致することになるが、新釈の赤塚忠氏も指摘するように、もし原文がそのような意味であったのであれば、現在伝えられる原文には誤字があったと考えるしかない。たとえば、赤塚氏の予想するように「爭民拖奪(民と爭いて拖奪[タダツ。拖は、うばうこと]す)」の誤りであったのかもしれない。下の訳は、カッコ書きで別解釈を示して朱子の解釈を本文とする。

《用語解説・朱子注》
去聲中国語の四声(四つの声調、抑揚の調子)の一。経(4)用語解説参照。
悖は、布內の反反は反切のこと。伝三章(後)の用語解説を参照。

《現代語訳》
詩には、「楽しんでいる君子は、民の父母なり」とある。民衆が好むべきことを好み、民衆が嫌うべきことを嫌うことを、「民の父母」というのだ。
「樂」の音は「洛」である。「只」の音は「紙」である。「好」「惡」はいずれも去聲(きょせい)。次の文の「好」「惡」も同じ。
詩は、小雅の南山有臺の篇である。「只」は、助辞である。その意味は、「よく絜矩(けっく。前章参照)の道を守り、民衆の心をもって己の心となすならば、すなわち民衆を愛すること子を愛するごとくであり、また民衆もまたこの君子を愛すること父母のごとくなるだろう」ということである。

詩には、「あの高き南山は、けわしき岩が連なっている。あの名高き師尹は、民がこぞりて仰ぎ見る」とある。国を持つ君主とは、このように民衆から注目されているのであるから、慎んで絜矩の道を守らなくてはならない。もし守らずに偏った判断をするならば、きっと天下に恥をさらすことになるだろう。
「節」は「截」に読み替えるべきである。「僇」は「戮」と同じ。
詩は、小雅の節南山の篇である。「節」は、そびえて高く大きな姿である。「師尹」は、周王国の太師(たいし。三公の一。三公は君主を教育して補佐する最高位の側近)の尹氏のことである。「具」は、俱(とも。すべての人)のことである。「辟」は、偏ることである。その意味は、「上にある者は人々が仰ぎ見るので、身を謹まなくてはならない。もし絜矩の道を守ることができずに己一個のかたよった好き嫌いの情に任せてしまうならば、いずれその身は殺され国は滅ぼされて天下の大恥となるだろう」ということである。

詩には、「かつて殷王朝がまだ人々の信を失わなかったころは、よく上帝の命に答えたものであった。殷のことをよく見て、戒めとしなければならない。天の大なる命令は、易しいものではない」とある。これは、民衆を得たならばすなわち国を得て、民衆を失えば国を失うと言っているのだ。
「喪」は去聲。「儀」は、詩経では「宜」となっている。「峻」は、同じく「駿」となっている。「易」は去聲。
詩は、大雅の文王の篇である。「師」は、民衆のことである。「配」は、答えることである。「上帝に配す」とは、天下の君主となって上帝に答えることを言う。「監」は、見ることである。「峻」は、大きいことである。「易からず」とは、保ち難きことを言う。「道」は、言うことである。詩を引用して言葉を添えて、上の両節の趣意の結びとした。天下を持つ者は、この詩の句に示された心を保って失わないならば、絜矩の道を守ってその欲するところを民衆と一致させることが、おのずからやむことがないであろう。

ゆえに、君子はまず己の徳を慎んで、絜矩の道を守るのだ。徳があるならば、そこに民衆(または賢者・能者の人材)が得られるだろう。民衆(または賢者・能者の人材)がいるならば、そこに国土が得られるだろう。国土があるならば、そこに財貨が得られるだろう。財貨があれば、それを用いていろいろなことが行われるであろう。
「先ず德を愼む」は、上にある文の「(國を有つ者は、以て)愼まざる可からず」を承けて言われているのである。「德」とはすなわち明徳(人が天から与えられた輝かしい徳。経の三綱領参照)のことである。「人有り」とは、民衆を得ることを言う。「土有り」とは、国を得ることを言う。国があるならば、財貨と用途とが足りないことを心配する必要がない。
そもそも徳は本であり、財は末である。
すぐ上の文に基づいて言う。
その本を遠ざけて末を大事にするならば、民衆は上の貪欲にならって争うようになり、争奪の教えを広めることになってしまうだろう。(以上は、朱子注に沿った訳。あるいは「民衆と財貨の取り合いを行うことになって、民衆から奪うことになるだろう」という解釈が可能かもしれない。用語解説を参照)
君主が徳を遠ざけて財貨を大事にするならば、すなわちこれは己の統治する民衆を争わせて、「劫(かす)めて奪え」という教えを与えることになる。思うに財貨は、人がみな同じく欲するものである。それを絜矩の道を守らずに己で独占しようとするならば、すなわち民衆も上の行為にそそのかされて争奪するようになるのだ。
このゆえに、上が財貨を国に集めたら、民衆は散り去ってしまう。だが上が財貨を民間に散り去らせたら、民衆は集まってくるのだ。
本を遠ざけて末を大事にするので、財貨は国に集まってくる。民衆を争わせて「劫(かす)めて奪え」という教えを与えるから、民衆は散り去っていく。この反対をすれば、徳があって民衆もまた得られるのである。
加えて言うに、絜矩の道に逆らって出された命令は、民衆が逆らうことによって戻ってくる。そして絜矩の道に逆らって集められた財貨は、思惑に逆らって出ていってしまうものなのである。
「悖」は「布」「內」の反切。
「悖」は、道理に合わずさかしまなことである。この言葉は、命令の出入りを示して、財貨の出入りのこともまた明らかにしたものである。「(君子は)先ず德を愼む」から以下ここに至るまでのくだりは、財貨の話題を取り上げて再び絜矩の道をよく守る者と守らない者との得失を明らかにしたものである。
《原文》
詩云、樂只君子、民之父母。民之所好好之、民之所惡惡之。此之謂民之父母。
樂音、洛。只音、紙。好・惡並去聲、下並同。
詩、小雅南山有臺之篇。只、語助辭。言、能絜矩、而以民心爲己心、則是愛民如子、而民愛之如父母矣。

詩云、節彼南山、維石巖巖、赫赫師尹、民具爾瞻。有國者、不可以不愼。辟則爲天下僇矣。
節、讀爲截。辟、讀爲僻。僇、與戮同。
詩、小雅節南山之篇。節、截然高大貌。師尹、周太師尹氏也。具、俱也。辟、偏也。言、在上者、人所瞻仰、不可不謹。若不能絜矩、而好惡殉於一己之偏、則身弒國亡、爲天下之大戮矣。

詩云、殷之未喪師、克配上帝。儀監于殷、峻命不易。道得衆則得國、失衆則失國。
喪、去聲。儀、詩作宜。峻、詩作駿。易、去聲。
詩、文王篇。師、衆也。配、對也。配上帝、言其爲天下君而對乎上帝也。監、視也。峻、大也。不易、言難保也。道、言也。引詩而言此、以結上文兩節之意。有天下者、能存此心而不失、則所以絜矩而與民同欲者、自不能已矣。

是故君子先愼乎德。有德此有人。有人此有土。有土此有財。有財此有用。
先愼乎德、承上文不可不謹而言。德、卽所謂明德。有人、謂得衆。有土、謂得國。有國、則不患無財用矣。
德者本也、財者末也。
本上文而言。
外本內末、爭民施奪。
人君、以德爲外、以財爲內,則是爭鬪其民、而施之以劫奪之敎也。蓋財者、人之所同欲、不能絜矩而欲專之、則民亦起而爭奪矣。
是故財聚、則民散。財散、則民聚。
外本內末、故財聚。爭民施奪、故民散。反是、則有德而有人矣。
是故言悖而出者、亦悖而入。貨悖而入者、亦悖而出。
悖、布內反。
悖、逆也。此以言之出入、明貨之出入也。自先愼乎德以下至此、又因財貨以明能絜矩與不能者之得失也。

君子の責務を示すために詩三句を引用した後、伝十章は経済論が始まる。この論議がいわゆる「経」の本末論と絡めて行われていることは、『大学』作者が経済論もまた全体の構成の枠内で行っていることを示しているはずである。民の父母として衆を得る道とは、すなわち経済的繁栄なのである。それは本末の末としてみなすべき策であるにしても、民衆は経済的利益をもたらす指導者には引き付けられ、経済的窮乏をもたらす指導者からは離れていく。それが人情であり、民衆の人情を省みない指導者は人の上に立つ者の本義を見失った者であり、やがて見放されるだろう。「君子の徳は風なり、民の徳は草なり」(孟子、滕文公章句)というが、上に立つ君子が送る風は、ただ道徳だけではありえない。民衆という草をなびかせる風には、経済的利益も伴っていなければならないのだ。「恒産なき者は恒心なし」(同、梁恵王章句)なのである。

この伝十章において、天下国家を統治する術として経済政策が力点を置いて取り上げられているところに、『荀子』との接近性が感じ取られる。『荀子』は富国篇で経済政策論を主要テーマに取り上げて展開させている。その議論は、『管子』などの戦国時代中期以降の経済論議を継承したものである。富国篇の経済政策論の要点は、民衆に重税を課さずその生産力を傷つけないところにある。それによって生産力が向上して財政はかえって富裕となり、民衆は善政を慕って国政もまた安定するというものである。

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